精神的依存は悪いことじゃない

今年も七夕が終わりましたね。

 

伝説としては悲しいお話ですけど・・・

悲しいからこそ美しい

ということが言えますよね

 

最初に書いておきますが

今日のブログは、ビジネスには全く役に立たない内容です。

本質を生きることに興味のある方だけ、以下

読み進めていただけたら幸いです

 

喜怒哀楽

 

どのような感情も、私たちにとっては生きる上では

とても重要なものです。

 

SNS全盛時代の現代、

ポジティブ思考じゃないとダメ、みたいな風潮がありますが

たとえ

憎しみ 嫉妬 嫌悪 

のように、ネガティブな感情にもちゃんと意味があります。

 

モチベーションUpし続ける方法

稼ぐ方法

人気者になる方法

FBで多くの人とつながる方法

正直、食傷気味なのは私だけではないはず

 

七夕によせて

 

喜怒哀楽

私は、に対して反応するタイプの人間です。

自分自身が苦しくて悲しいのはキライです

でも、私の中には喜怒哀楽の哀・・・哀しみが

常に漂っています。

 

ですから、自分自身が幸せな時には

自分の潜在意識の深い海の底に眠っている哀しみを

他者に投影しているのだと思います。

私は今、魅力を表現するイメージコンサルタントとして

自身のビジネスを拡大しようと頑張っていますが

それでも、決してカウンセラーとしての仕事を捨てないのは

そうした理由があるのです。

 

パートナーにまだ出会っていない人

結婚していても、この人が本当のパートナーと思えない人

ソウルメイトに出会いたいと思っている人

 

そういう方々の中にも

生きる上で必要だから、という実利上の理由の方が強い方には

多分、私がここで説明している

哀 

の感情は、ピンとこないかもしれません。

 

経済的に、精神的に自立すること

 

それは、社会的に1人の人間として理想の形ではありますが

こと、男と女という単位で見た場合は

必ずしも本質を突いていません。

 

私がいつも思い出すのは

不遇の美男画家であるモディリアーニの内縁の妻、

ジャンヌ・エピュテルヌのこと。

モディリアーニが没した後に、ジャンヌはお腹に彼の子供を宿したまま

自らの命を絶ちます。

 

ジャンヌにとっては、モディリアーニが全てでした。

新しい命でさえ、彼女の生きる希望にはなりえなかったのです。

 

まだ21歳だった彼女は、母親になるより1人の男性を選んだのです。

 

Porträt_der_Jeanne_Hébuterne,_Amedeo_Modigliani

ジャンヌ・エビュテルヌの肖像(モディリアーニ)

 

精神的依存は、とても怖いことです。

この人がいなくては生きていけない

 

そうした気持ちを持つのは健全ではないかもしれません。

 

だけど、告白するならば・・・私もそうした体質です。

そして、そんな自分のことを愛しいと思います。

それほどのめりこまなければ愛じゃない

そういう愛を体験しない人生なんてつまらない

 

そう、どこかにそのように思っている私がいます。

 

太陽と月

誰しもが、そうした二面性を持っています。

 

特に、人生の後半に「潜在意識」(私は月という捉え方をしています)

の方の自分自身が強く出てくるようです。

そして、その性質は、実は子供の頃に強く持っていたものなのです。

 

子供は一番宇宙に近い存在です。

だから天才なのです

 

私も、昨年くらいから特にそうした性質が強くなってきました。

自分の本質に不正直な選択をすると

すごい自己嫌悪に陥り、カラダにも反応が出たりします。

若い頃のように「自分の成長のために耐える」

そんな努力はもう不要のようです

 

 

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